「痴呆とうつ病性仮性痴呆の鑑別診断」

大森 健一

(獨協医科大学精神神経科)

1>高齢者のうつ病とうつ病性仮性痴呆

 老人のうつ病の臨床症状は、非定型的で多彩であり、図1に示したような病像を呈することがしばしばある。そのうちの幾つかの病像は、臨床家に痴呆の存在を疑わせる。
@軽症のうつ病像:抑うつ感情、性新運動制止が軽く、病者はさまざまな身体症状や記憶力の低下、知的能力の障害を訴えるので痴呆の初期と誤診する。
A著しい不安・焦燥状態:質問に答える余裕もなくウロウロしたり、ぼう然と立ちすくんだりしている。
B意識障害を伴う場合:多くはせん妄状態であることが多い。
C妄想傾向の著しい場合:常識では考えられない了解しにくいグロテスクな身体の変化、異常を訴える。
D痴呆様症状(うつ病性仮性痴呆)が前景に立つ場合:上記の@ABCも痴呆を疑わせる状態であるが、特にうつ病相中知的能力の低下を来たし、痴呆との鑑別が困難になる場合がある。うつ病による精神活動の制止のため、患者は質問に答えることが十分にできず、実際に記銘力検査の成績も低下し、ベンダー・ゲシュタルト・テストでも誤りが多く、長谷川式簡易知能評価スケールの得点やWAISによるIQも低下する。しかしこれらの成績の低下も、うつ病相からの回復とともに正常状態まで復元するので、この状態はうつ病による知的能力の障害であると判断される。
 以上老人のうつ病を中心に、@からDまで痴呆とまぎらわしい病像の出現を述べた。ちなみに、McAllisterとPrice(1982)とよれば、諸家の研究を総括すると、当初痴呆と判断された症例のうち8〜15%はうつ病であったという。



<図1>老年期うつ病病像の非定型化

2>痴呆とうつ病性仮性痴呆の鑑別診断

 うつ病性仮性痴呆と老年期の脳気質病変による真の痴呆と鑑別に際して、有効な情報と思える点を整理して表1にまとめた。これは辻田らによるものであるが、現在もっとも詳細と思えるのである。
 さらにそれについて、日常の診察場面での注意すべき点を詳しく述べてみたい。
1)診察場面での鑑別

 @病歴聴取によって
 うつ病の場合には痴呆様症状前に抑うつ状態が存在するのが普通であり、痴呆は打つ状態の出現前に記憶の障害などのエピソードが認められることが多い。筆者の調査では、65歳以上の高齢者のうつ病の約86%に、これら「状況因」が認められた。例えば、男性では仕事の過重・失敗、対人関係の軋轢(あつれき)、退職、転職など、女性では家族内葛藤、家庭内役割の喪失、肉親との死別などがそれである。これら誘因となる出来事が認められれば一応うつ病を疑ってみる。
 しかし一方で、アルツハイマー型痴呆も血管性痴呆の場合にも、このような状況の変化を契機として痴呆が顕在化してくる場合もあるので、この点に関してはより詳細な検討が必要となる。

 A臨床的観察によって得られる情報
 鑑別診断が困難な症例でも患者を注意深く観察することによって、数日のうちにほぼ診断がつくことが多い。外見、表情では、うつ病患者はものうい、悲しげな沈んだ表情、感情状態にあることがわかるが、痴呆患者の場合はそれが一定せず、感情状態に表層的浅薄な傾向が加わって、これらの誘導で、感情状態が大きく変化することが多い。
 記憶の障害の訴えはむしろうつ病患者で多く、ときに過剰である。痴呆患者は訴えないことが多く、訴えても奇妙な表情になる。
 うつ病の患者も判断の障害を訴えるが、そのわりに家庭内や病院内で誤った行動をとることは少なく、日常生活は比較的整っている。他方痴呆患者は物忘れ、置き忘れ、失見当識などが目立ち、行動面での障害がはっきりしている。
 質問に対して、うつ病患者も答えなかったり、わからいと表現するが、真剣に対応していることがわかる。一方痴呆患者は、応答をしても奇妙な弁解をしたり不正解な応答をする。
 またうつ病患者はほとんど応答しなかったと思うと、状況によって、あるいは設問によって正確な反応を示し、動揺性が認められるが、痴呆患者の場合は一貫として全般的に成績不良である。
 また一般的に、痴呆患者の症状が夕方から夜間に増悪することが多いが、うつ病患者は朝が特に悪く、夕方から夜にかけて症状が軽快する傾向がある。自殺念慮野津与謝は、真のうつ病患者においてはっきりしている。
 また重要なことであるが、うつ病性仮性痴呆は、適切な抗うつ薬の選択、服用によりその痴呆様の症状は焼失することである。一度低下していた心理能力検査も正常にまで回復する。
 要は痴呆要の状態像をみた時に、常にうつ病の可能性を心に留めておくことがきわめて大切なことである。


うつ病性仮性痴呆

老年期痴呆

病前性格
誘因
うつ病の家族歴
うつ病の既往歴
八帳面、執着、循環
しばしばある
しばしばある
しばしばある
不特定
不明瞭
少ない
少ない
発症の状況
進 行
受診までの期間
抑うつ気分
不安、焦燥
心気、罪業
精神運動抑制
希死念慮
睡 眠
日内変動
外 見

態 度

意 欲

社交性
知的障害の範囲
記憶障害
注意力、集中力
返答

見当識調査
幻覚、妄想
神経学的症状

抑うつ症状が痴呆症状に先行
急 速
短いことが多い
訴えが強く、持続する
強い
強い
強い
強い
不眠、早期覚醒
朝方悪化
悲しげな表情、ものうげあるいはいらいら、
うつむきかげん、ときに弱々しげな笑み
能力低下を強調し、深刻に悩む
認知機能と並行せず、変動する
単純な仕事もおっくうがり、よい状態を保とうと努力しない
早期から回避・喪失し、著明
部分的低下
短期記憶と長期記憶が同程度に障害
残 存
反応は遅く、考えた末、"don't know answer"が多い

少ない
少ない
少ない

痴呆症状が抑うつに先行
緩徐(意識障害を伴う時は急速*)
長いことが多い
訴えが弱く、動揺する、時に多幸的
弱い
弱い
弱い
弱い
傾眠傾向
夜間悪化
不 関、おかしみ

能力低下をかくし、深刻味が薄い
認知機能と並行し、だらしない
一生懸命に仕事をやろうとする

保たれている(あるいは、保とうとする)ことが多い
全般的低下
短期記憶の障害がより強い
欠 損
あいまいに答えたり、腹を立てたり、一生懸命考えるが、"nearmiss answer"が多い
しばしばある(特に夜間せん妄)
しばしばある
種々の症状が伴うことが多い

アミタール面接
脳 波
頭部CT
頭部MRI
DST
PET(血流代謝)

P300潜時

知的障害の改善
正常範囲
正 常
正 常
非抑制
稀に軽度低下を示すものがある

正常範囲

知的作業の悪化
異常のことが多い
異常(萎縮像、梗塞像*)が多い
異常(萎縮像、梗塞像*)が多い
抑 制
側頭・頭頂連合野の血流代謝の低下
左右非対称で部位別変化が多様*
遅延傾向
抗うつ薬への反応
予 後
良 好
良 好
回復傾向なし(眠気が持続する)
概して不良


3>うつ病と痴呆の併存

 前述したのはうつ病か痴呆かのいずれかの場合に、痴呆様にみえる状態の鑑別診断が問題になった場合であるが、うつ病と痴呆が合併する場合も高齢者の場合は少なくない。すなわち、痴呆症状が明確になる以前、あるいは痴呆症状と同時にうつ病、うつ状態がみられる。この痴呆とうつ状態の出現の様態を図2にしめした。Ronら(1979)は初老期の痴呆患者の30%が抑うつ的であり、Liston(1978)も痴呆患者の56%に感情の障害を認め、筆者(1989)も、入院例で初老期の痴呆患者の35%、老年期の痴呆患者の50%にうつ状態の出現以前にうつ病相を示し、41%は痴呆を認めない寛解期をもっていた。これら(躁)うつ病相は繰り返す傾向があり、初期はDSM-V-Rの基準で大うつ病に相当するものが多く、抗うつ薬に対する反応も初期は良好であるが、痴呆の進行につれてうつ病像は崩れたものとなる。